インタビュー: 古川 諒子
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古川諒子は1994年、兵庫県出身の作家。
古川諒子の制作活動やバックグラウンドについてインタビューを行った。
ご自身のバックグランドについて少し教えてください。
兵庫県の夢前町というところで育ちました。谷あいで山との距離がとても近く、一面田んぼで川が流れる自然豊かな土地でした。電車は通っていなかったので、街へ出るには必ずバスに乗らなければいけませんでした。
2006年にはとなりの市に合併されて、住んでいる場所は変わらないのに住所の名前が変わり、地図に載っている町の形が変わるという出来事がありました。目の前の景色はそのままなのに、外部からの力によって視界そのものを覆われる感覚があり、無性に苦しかったのを覚えています。そのせいかはわかりませんが、子どもの頃は引っ越す夢を何度も見て、こことは違う場所へ行かなければならないことに恐怖を感じていました。16歳で本当に引っ越すことになるのですが、そのときは「やっぱりそうだ、起こってしまうんだ」となぜか納得しました。
あと同級生に私とほとんど同じ名前の男の子がいたんです。苗字が同じで名前が一文字違いの。
彼の行いが私のせいだと勘違いされたり、答案用紙が間違って返ってきたりしました。私自身が彼になるわけではないけれど、たった一文字の違いで私が私と認知されないようなことがあるんだ、というのも不思議で気になることでした。
そういった事柄もあり、名前が物事に与える影響や、物事が変わり続けてしまうことへの恐怖や、それに抵抗できないことに幼い頃から関心があったように思います。
成長期の過程での興味の矛先はどこにありましたか?
物語に興味があって、空想の世界でずっと過ごしているような典型的な文学少女でした。なので、当時はなんの疑いもなく「私は小説を書いて生きていくんだ」と思ってました。テレビで流れているお笑い番組も好きで、12歳のころには文章を作る練習のために、コントや漫才の文字起こしをしていました。いま振り返ると台本を書き起こしただけですが、事物を言葉に書き起こすことができたという喜びがありました。絵もずっと描いていましたが、誰かに褒められたり、美術の成績がよかった記憶はあまりありません。
アーティストとしてのキャリアはどのようにして始まりましたか?
作品の発表自体はそれ以前も行っていたのですが、キャリアのスタートという意味では、2019 年の広島芸術センターでの展示が契機になると思います。そこで初めて、いま制作しているようなステイニングの作品を発表しました。しかし、実は当時の私は、自分のやっている技法がステイニングだと知らなかったんです。大学院で師事した菅亮平さんに指摘されて初めて、フランケンサーラーやモーリス・ルイスなどの存在を知りましたし、それ以外の芸術全般についても指導していていただきました。大学院で学んだことが、今すべての基盤になっていると感じています。
あなたにとってのインスピレーションは何ですか?
言葉です。私たちは使っている言葉を本当に理解して使用しているのでしょうか。新聞の一面を飾るような言葉と、誰にも見せない日記や電話をしながら取ったメモでは、何が違うのでしょうか。私はそれら言葉をまな板のうえで切り刻み、大鍋に突っ込んで混ぜてしまいたいんです。
言葉の中でも、現在は特に「名前」に興味があります。名前は、誰かによって付けられるものですし、時や場合で変わってしまうこともあります。しかし名前は、ただ何かと何かを呼び分けるためだけにあるとも思えません。
美術作品における名前、つまりタイトルは、大抵の場合は作品の完成したあとで与えられます。まず作品があって、これはこういった絵であるといったことを表すためにタイトルを付けるわけです。そこで私はその関係性を逆転させ、まずタイトルを付けてそれを起点とする作品制作を行っています。そうすることで、これまでの作品とタイトルの支配関係を解きほぐしてみたいと思っています。実際の制作のプロセスとしては、扇風機の説明書や、英単語帳、友人の日記などをハサミで切り刻み、言葉を無意味に入れ替え、そうしてできた文章をタイトルとしています。
そのタイトルからインスピレーションを受け、私はペインティングを制作しています。
好きな作家は誰ですか?
リディア・ディヴィスやジョルジュ・ペレックなど、言葉の意味を解体するような作家に影響を受けています。J. D. サリンジャーやレイモンド・カーヴァー、ウィリアム・バロウズなどのアメリカ文学にも刺激受けていますし、ラナ・デル・レイやジョニ・ミッチェルのソングライティングにも惹かれています。ペインティングの領域だと抽象表現主義のヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイス、マーク・ロスコの影響を受けています。私自身としては、ダダイスムと代表としたカットアップの技法を駆使した作家たちと、ステイニングの作家たちの末端にいる感覚があり、それらを数ミリでも更新できたらという思いが強くあります。
作品を作る中で一番エキサイティング、魅了される場面はどんな時ですか?
カットアップの作業です。書籍から文章をハサミで切り出して、バラバラになった文章を机に並べ、パズルのようにつなぎ合わせるのですが、最初は簡単にマッチングします。ですが、残りが少なくなったとき、言葉の食い合わせが不味くなります。文法的におかしかったり、変な言葉になるのはかまわないのですが、意味が通り過ぎるとかえって不安になります。理路整然とした言葉よりも何度読んでもわからない文章のほうが、言葉というものに近づけた気がしています。
また、次の作品プランを練っているときもワクワクします。作りたい作品は山ほどありますが、実現するのには技術と時間が必要で、今の私にはできないことがほとんどです。ですが、次の作品について考えるだけで楽しみで眠れません。実際に手を動かすと悩みばかりですが、そういった時間を経て作品を作り上げることが最も楽しく、私にとって謎である「言葉」やものの「名前」に近づけたと思える瞬間です。
プロフィール
1994年兵庫県生まれ。2020年広島市立大学芸術学部油絵専攻卒業、22年広島市立大学大学院芸術学研究科修了。作品とタイトルの相互関係に着目し、タイトルの生成を起点に絵画を制作している。
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